『糸島の風』


予備校時代、毎日受験勉強に励んでいた。しかし、勉強ばかりでは気が滅入る。
何かがんばる心の支えになるものが欲しい...心の支えになる人が....
いや、はっきり言おう。若者はいつの時代でも彼女が欲しいに決まってる。たとえ私が受験生でもだ。若者でなくてもそうに決まっている。
ああそうさ、そうに決まっている。

ある朝、クラスメートのタクヤが寄ってきて私にこう囁いた。
「女の子紹介しちゃろっか?」
私は思わずおうむ返しに問いただしていた。
「えっ、それってオマエが俺に女の子を紹介してくれるっていう事?」
バカだ....、しかし、おうむ返しに聞き返したのには訳がある。
タクヤは男前だ。しかし男前だが心は狭い。その心の狭いタクヤが女の子を紹介してくれるとは...。
3ヶ月ほど前、タクヤにはカワイイ彼女ができた。それで少しは心が広くなったのか。
タクヤの彼女!タクヤを成長させてくれてありがとう!

「俺の地元の子なんやけどさ、今度の日曜日、糸島まで来れるんやったら紹介するばい」
彼の地元の糸島は博多からずいぶん離れている。しかし、そんなことは恋の障害にはならないのだっ!(まだ会ってもいないけど)
「行く行く行く行く行く!」私はボクシングのパンチングボールのように、すごいスピードでうなずいていた。

次の日曜日、もちろん私は糸島行きのバスに揺られていた。予備校生活に入ってこんなにワクワクしたことがあっただろうか、石膏像と睨み合うだけの毎日。たまには女の子と見つめあったりしたいぞ。
私はバスの窓から入ってくる糸島の柔らかい風に包まれていた。

糸島に着くと、タクヤと一緒に待ち合わせの喫茶店へと入った。
私はだんだん緊張してきた。なにせ写真さえ見せてもらってないんである。
いったいどんなめんこい娘が来るのやら。
そして喫茶店のカウベルがカランカランと鳴り、「遅れてごめ〜ん」と女の子が入ってきた。

確かに話は弾んだ.....しかし、それはタクヤと女の子の懐かし話に花が咲いただけだった。
「あいつ、今どうしようと?」「そういえば修学旅行でさ....」
タクヤッ!おまえ今日の本題を忘れとらんかっ!
今日、俺がはるばる糸島まで来た理由をよもや忘れたわけではあるまいっ!
しかし、まあいい。正直に言うとその女の子は私の趣味とはかけ離れていた。
間違っても私の心の支えにはなりそうもない。
女の子を紹介しようというタクヤの気持ちには感謝するよ。
違うクラスの同窓会に紛れ込んでしまったような居心地の悪さを感じながらも、それなりに楽しいひとときを過ごした、良しとしよう。

そして帰り道、タクヤがスーパーでバイトしている友達に会っていくというので、それに付き合った。
スーパーの鮮魚売り場にその友達はいた。
「あっ、タクヤ君」そう言って手を上げたタクヤの友達はメッチャかわいい女の子だった。

私は思わずタクヤに聞いた。
「タクヤ.....あのコ、彼氏おると?」
「いや、今おらんと思うけど」

タクヤ糸島まで呼んでくれてありがとう。
あのコならガッシリと私の心を支えてくれるではないか。う〜、メッチャかわいいっ!
「じゃあさ、あのコ紹介して」
しばらく黙っていたタクヤはハッキリと言った。
「イヤ....」

「なんで?彼氏おらんちゃろ?紹介してくれてもいいやん」

そしてタクヤは私にこう言い放った。
「俺の彼女よりかわいいコとおまえが付き合うのいややもん」
「..........」

タクヤ....おまえの性格は、よ〜っとわかった。
おまえを信じて糸島くんだりまで来た俺がバカやったよ。

さよならタクヤ....

糸島の風は冷たかった。