『路上の亀』


夜7時から始まったビデオの編集作業は結局4時までかかり、気がつくともう夜が明けてしまっていた。
夜に降りだした雨はまだやんでいない。

初台のスタジオを後に、彼女と私は愛車のフローリアンに乗り込む。
勝手に停めさせてもらっていたトヨタのショールームは一方通行の道路を1m逆送すると山手通りに出られる。しかし、運悪く目の前にはパトカーがいた。
まあ、どっちにしろ山手通りに戻れるだろうと思い左折し商店街へ入っていった。しかし商店街の一本道は曲がれそうな路地も無く、どんどん山手通りを離れていく。しばらく山手通りに戻ろうと走らせていると中野駅に出ていた。
なかなか山手通りにたどり着けない。
私の車にもちろんカーナビなどというものは付いていない。方向感覚はあるほうなので、地図を見ずともそのうち方面がわかる標識が出るだろうと、そのまま車を走らせる。そしてとうとう大久保方向の標識を見つけた。
今日は明治通りで帰ろう。朝靄の中、大久保方向に進路を変える。車もまばらな道路を走っていくと雨に濡れるアスファルトの上に何かが見える。遠くてまだ形はわからないが、確かに路上の真ん中に何かが落ちている。
疲れもあってスピードを緩めずそのまま走らせる。このまま真直ぐ走らせると路上に落ちているそれをまたぐかたちで踏まずにすみそうだ。近づくほどに、だんだんなんだか解らなかったその形は鮮明に見えてくる。
それをまたいだ瞬間私はそれをはっきり確認した。「わっ!亀だ!」確かに亀が長い首を伸ばし、ゆっくりと道路を横断していた。
彼女が口を開く。
「今の....亀だったよね」
「ああ、確かに亀だった」
「あの後、亀どうなっちゃうんだろうね.....踏まれても大丈夫なのかな?」
「...........」考えるとなんだか辛い。象が踏んでも壊れない筆箱って昔あったけど、それより頑丈かな?

池袋にさしかかるころ、彼女が空腹を訴える。そういえば、スタジオに入ったときおにぎりを食ったっきりなんにも口にしてない。「こんな時間じゃ店も開いてないし、富士そばで食って帰ろうか」
池袋のパルコの前を過ぎた交差点に富士そばがある。
車をそのまま路上駐車し、小雨の中、富士そばに駆け込む。

食券の自動販売機の前で順番を待つ間、まださっきの亀の事が気になっていた。
そして私の指は無意識に「ワカメそば」のボタンを押していた。

(そんなオチかよ.....いや、ホントの話なんだって)