『キレル』


最近の若者はキレやすいとか言うが、何を隠そう隠しはしない、こんな私も昔キレた事がある。
それはまだ私が黄色い帽子をかぶって幼稚園に通っていた頃の事。
雨降るドンヨリとした鉛色の空の下、私は幼稚園から帽子のゴムを伸ばしたり、たまにしゃぶってみたりしながらトボトボと帰ってきた。
家に入ろうと玄関の引き戸を開けようとすると、がたがたとガラスは揺れるが一向に開かない。
この玄関、昔よくあった木の格子にガラスが入っているタイプ、つまりサザエさん家の引き戸と同タイプである。ついでに言うと細長い鍵が付いていて内側からねじねじねじねじと鍵をかけるやつ。で、どうもそのねじねじねじねじの鍵が掛かっているらしい。
お勝手口に行ったが、ここも鍵が掛かっている。 おかしい....。
裏庭に廻り、窓を開けようとしたが、結局窓という窓に鍵が掛かっていた。そんな取られるものもないだろうに厳重なことである。
しかし、私に今重要なのは、戦争や自殺する若者問題なんかより、家に入れない現状である。
空は暗い。体は濡れてくる。窓から「お母〜さん」とかぼそい声で呼んでも返事はない。「お母さん!お母さんっ!お母さんってば、お母さんっ!」もうどんどんヒステリーになっていく。そして逆に気分はどんどん沈んでいった。
早く家に入りたい....そして私は思った。「こんな状況に追いやった母が悪いんだ....僕は悪くない
そして私は次の瞬間、手に持っていた黄色い傘を玄関のガラスに突き立て始めた。「ガシャン!ガシャン!」
近所のおばさんが音に気付いて飛んできた。「なにやってんの!」と私を止めようとしたが、私は何かに取りつかれたように傘をガラスに突き立て続ける。「ガシャン!ガシャン!ガシャン!」
そしてやっと私が入れる程度に穴が開き、放心状態で肩で息をしていた。「やった....どうだ....僕は悪くない.....」
そこに母が帰ってきた。「どうしたのっ!....」立ち尽くす母。(ビックリしただろうな〜、この光景)
「鍵をかけて入れなくしたのが悪いんだっ!」と母に責任転嫁し、しゃくり上げるように泣き出す私。
我ながら責任転嫁のヤナ性格、恐ろしい子供でした。
もちろん、その夜おやじのゲンコツが待っていた。衝動的な行動の後には必ず後悔。

母いわく「トイレの下の窓が開いたでしょ!」
かわいい息子を「汲取り和式、タイル張りの足元にある横開きの狭い窓」から入れる気だったのか....。