『中洲のミヨちゃん』


K田は高校時代からの友人で、まさに博多にコイツ有りというほど博多っ子らしいヤツ。良く呑み楽しく騒ぐなかなかの男。
しかし、それだけに彼には呑んだ数だけ語り継がれる数々の武勇伝がある。
酔っぱらったまま店のトイレで寝てしまい気がつけば朝、そしてトイレの窓から脱出なんて話はほんの序の口。給料日に酔っぱらって道路で寝てしまい、気がつけば給料袋が無かったって事が二回ほどってのも十両程度。中洲の川に滑り落ちて、屋台のおやじにロープを投げてもらって助けられたなんて話でやっと平幕ぐらい。
そんな武勇伝の中で私にとって忘れられない「心の横綱」は、高校時代、友人の家に泊まり込みで飲み会をやった時の事。
前回の飲み会ではその友人宅で、床の間に飾ってあった日本刀を抜き振り回した全科も有り、K田にはあまり呑ますなという事になっていた。
しかし、ダメと言われれば余計に呑みたくなるもの。気がつけばK田はこっそりREDのマグナムボトルをラッパ飲みしていた。
しばらくは、普通の酔っ払い状態だったが、おとなしくなってきたな〜っと思ったのもつかの間、すっくと立ち上がり、そのまま真直ぐ倒れ込んで襖を直撃。襖に大きな穴を空けてしまった。これはマズイ状態に突入している。
これ以上部屋を荒らされてはたまらんということで、今度は縁側に引きずって行った。
そしてしばらくは安心して呑んでいたが、気がつけばK田の姿が無い。
「アイツどこ行ったとや?」と縁側に出てみるとゴロゴロと庭を転がっているのを発見。しょうがないので服の土を払って、今度は玄関の廊下まで引きずり移動。
また、しばらく呑んでいると、今度は玄関でドアをバタンと開ける音が...。見に行くとドアの向こうに走り去るK田の後ろ姿が....。もう、予測不可能、限界レッドゾーン。みんなで裸足のまま追いかけ、やっとの事で連れ戻す事に成功した。みんなも酔っての全力疾走は流石につらい。頼むからもう寝てくれと心の底で手を合わした。
皆の祈りが伝わったのか、流石に全エネルギーを使い果たしたのか、やっとK田ご就寝。怒濤の一夜は終わろうとしていた。

そして事件は真夜中の事。ガチャガチャ、ガチャガチャ、誰かが玄関のノブを回している音がする。まさか泥棒でもあるまいと玄関に行ってみると、そこには玄関に座り込みドアを開けようとしているK田の後ろ姿が....。
「K田、オマエ何んしようとや?」
「中洲に行くったい!」
「中洲になんばしに行くとや?」
「決まっとろうもん!中洲のミヨちゃんに会いに行くったい!」
何が決まっているのか......もう理解不能。悟りの境地である。
「もう中洲も閉まっとう」と、とうとうと説き伏せ、やっと静かな夜が訪れた。
翌日、K田に「中洲のミヨちゃんって誰や?」と聞いたが「オマエ、何んば言いよっとや?」と返される始末。
中洲のミヨちゃんが実在したのかしなかったのか、あれから20年たった今も「K田のみぞ知る」。嗚呼、爽やかな青春の1ページ.....青春なんて言うな。