『兄と落花生』


兄が初めて東京の私の部屋に遊びに来ることになった。
しかし、予定の時間を過ぎてもいっこうにウチのチャイムは鳴らない。
さっきまで楽しみにして待っていた気持ちが、「なんで時間通りに来れんのかいな」と苛々した気分に変わっていく。腹も減ってくる。
一時間半が過ぎ、やっとウチのチャイムが鳴った。
ドアを開けると大阪育ちの兄が「まいど〜」と関西弁で入ってくる。
「兄ちゃん、どうしてこんなに遅くなったと?」博多育ちの私が聞く。
「ちょっと腹減ってな〜、メシ食っとったわ〜」
「時間通りに来るかと思って、こっちはメシも食わんで待っとったのに…」
「すまんすまん…そや、ええ土産があるんや」
兄は手に下げてきた大きなスポーツバッグを私に渡した。
「なん、これ?」と言いながら私がパンパンになったバッグを開ける。
中には米袋サイズの落花生が入っていた。
「今日、千葉に寄ったとき買ってきたんや」
「………………」
「だいぶ食い応えあるやろ」
「兄ちゃん…これは、いやがらせなんか。ウチだけでこんないっぱい食えるわけなかやろ!
このまま持って帰ってん」
「そっ、そうか〜、そなら持って帰ろか〜……」
兄はしずしずと落花生をスポーツバックに戻し、翌日またバッグを抱えて帰っていった。

私はその夜の事をずっと後悔していた。
落花生を抱えて帰る兄の後ろ姿。
思い出すたび、胸の奥に重たい鉛のようなものがドロドロと流れ込む。


先日、大阪で兄と呑んだ。
「兄ちゃん、兄ちゃんにずっとあやまろうと思っとったんやけど、兄ちゃんがウチに遊びに来たとき、落花生持ってきてくれたやろ。でも、俺はいらんって持って帰らしてしまって…。あんときは、ほんとごめんな」
「そんなこと、すっかり忘れとったわ……でも、お土産持っていく俺はなかなかマメやろ。持っていったのが落花生だけに…」

あれはやっぱりウケ狙いの為に持ってきたのか…?
ツッコミを入れるべきだったのか……?