『予備校食』


それは予備校時代の頃。
4浪している先輩の顔色が最近悪いから、ちょっと部屋まで様子を見に行ってこいと先生から言われた。
部屋は木造共同便所風呂無し、アパートの真ん中に土間の廊下があり、左右が部屋の引き戸である。
「せんぱ〜い、げんきっすか〜」

ドアを開けると薄暗い部屋の中、カセットコンロで何やらグツグツと煮込んでいる先輩の後ろ姿があった。
「先輩、何作ってるんですか?」
「パン粥たい...」
そうなのである。木炭デッサンで消しゴム代わりに使う食パンの残りを湯がいて、それを食べていたのである。
4浪とは、いかに厳しいものか....。

何か見てはいけないものを見たようで、私は話を変えた。
「先輩、モルモットなんか飼っとうとですか?」
「ああ、デッサンする為に飼っとたい」
「かわいかですね〜」
「大学受かった時には、それも絶対食うけんな...」

その年、先輩は愛知県立芸大に見事合格した。
モルモットがその後どうなったかは知らない。