留置所日記1「電気ブラン」

もうそろそろ時効やろか。

お父様、お母様、ごめんなさい。私は前科者になりました。

もう何年前の事やろ。まだ東京に来て何年も経ってない二十代の頃、彼女ともまだ入籍してなかったしね。

ある土曜日、仕事仲間のNちゃんを誘って飯でも食いに行こうかと銀座で待ち合わせ。

どこ行く?と聞くと、Nちゃんは浅草の神谷バーに行ってみたいと。

神谷バーといえばあれやないですか。昔、文士が集ったという店、あがた森魚が唄った「電気ブラン」を置いてある店やないですか。そりゃ、行ってみるしかないやろ。

車を飛ばして一路浅草へ。着いたらまだ5時。

電気ブランも呑みたいんやけど、車やしね…川エビの唐揚げとかつまみながらビールで我慢。(まあ、この時点でダメなんやけどね)

で、神谷バーって混んで来ると普通に相席なんよね。

そしたら横に座ったグループが土佐弁で話よるやん。なんか高知の話になって、「実は私も高知育ちなんですよね」って言ったのが運のツキ、隣の席の人の目がキラリと光った。

「なんや、あんたも高知ながか。なら返杯制度知っちゅうよねぇ」とニヤリ。私の前に電気ブランがトンと置かれた。

あわわわわわ…これはやばい展開ばい。

返杯制度とは沖縄の”お通り”と同じく恐れられてる制度でして、お互いの間にグラスは一個。相手が飲みきって空いたグラスを差し出されたら、またナミナミと一杯ついで空けてまた返すという恐怖の制度なんである。

まあ、しょうが無か…呑むか!

しかし相手は4人、一つのグラスが私と4人の間を往復していく。

7杯目を呑んだところで、「じゃあ、気をつけて帰り」と無責任にも言い残し、土佐4人衆は去っていった。

ああ思いっきし呑んでしもうたやん。

時間はまだ6時なんやけど、実はNちゃんの彼氏が8時に家に来る予定。7時までには新宿に送り届けないかん。う~ん、酔い醒ましとる暇は無いな…。(どのくらいの時間があれば酔い醒めんねんって…)

酒臭い息を吐きながらも、新宿へと車を走らせた。

飲酒運転ながら順調な走り出しやん。こりゃ、余裕で間に合うばいね。(どんな自信やねん)

だがその時…事件は目の前まで迫っとったんであった。