2 悪夢のパスポートケース(1995.1.5-アムステルダム)
PM18:00(オランダ時間)
色々迷いながらも一泊目の宿HOTEL Lancasterに着く。
時差ぼけと歩き疲れで、もうこのまま眠りたい気もするけど、
寝てしまうには時間が早すぎるし、何か食べて寝ないと空腹
で夜中に眼が醒めるのも辛い。
でも外は-2℃。寒い外に出て行って店を探すのも面倒くさい。
今日はホテルのレストランででも簡単に夕食をすませて、後
はのほほんとくつろいで過ごそうか....そんなことを考えな
がら荷物を整理していた。
ふとトラベラーズチェックが目に入る。
このトラベラーズチェックは厚いし長いしいまひとつ収まりが悪い。
できれば成田空港で買った盗難防止用パスポートケースに入ってくれ
れば非常に良い。
ベルトに付けたパスポートケースに二つ折りにして入れてみたり、何
度かトライしてみるけど、やっぱり収まりが悪い。しっくりしない。
そうだ、何かしっくりしない。
(心の底では、その何かがわかっているのに頭がそれを忘れようとす
る。まさにフロイト式の逃避思考状態)
しっくりしないのはケースからトラベラーズチェックを抜くたびに感
じる....それはヒラヒラの、あまりにも薄いパスポートケースの厚み
だったのだ。鳴呼....
「パスポートが無い....」その一言で3人とも電光石火のスピードで自分の荷物をひっ
くり返し始めた。
「どこまで持っとったか、よ〜っと考えてん」と佐予子ちゃん。
「パスポートを無くした時の手続きはねぇ....」ガイドブックを調べ始める文ちゃん。
やっぱりない....。
3人とも顔面蒼白になりながらも再び防寒着に身を包みホテルを出た。
本当だったら、今頃ゆっくりホテルで夕食を.....
再発行には2週間かかる。見つけなければ....
セントラルステーションまでうつむきつつも早足で来た道を戻る。
「落としたとしたら、いつだ....落としたとしたら....」歩きながら呪文のように自問
自答を繰り返す。
時間よ戻れ....って気分になる....戻るわけない。
こんなときドラエモンがいてくれたら.....俺はノビタか....
神様....(結局こういう時は、神頼みにはしる)
とうとうセントラルステーションまで戻って来てしまった。
「駅に届けられてないか聞いてみたら」と佐予子ちゃん。
「とにかく空港に戻ってみる」と俺。
「ここで落としとう可能性もあるけん聞いてみた方がよかろうもん。いい!あたしが聞
いてくる」業を煮やして佐予子ちゃんが聞きにいく。
でも係のおねえちゃんはにこやかに紛失物取扱所を教えてくれただけだった。
このままでは俺はグズでのろまな亀だ。(死語だな)
今度は自分で取扱所に聞きに行く。
でも、ここにも届けられていない。
空港に戻るしかない。
気は焦るが電車は来ない。
こんな時にかぎって....と思ったら、ホームの場所を間違えていた。
とことんどんくさい....
ホームを移り、また待ち始める。
そうこうしているうちに気持ちもだんだん開き直ってきた。
もう無くなったもんはしょうがない。
パスポートが再発行されるまで2週間オランダ一人旅もいいか....
「俺、大丈夫。ひとりでオランダでも.....」
「なんがだいじょうぶね!3人いっしょやないとユーロパスは使えんっちゃけんね。
あたしたちまでチェコに行けんやんか。紀文さんはなんでチェコに行くか知らんけん、
いいかもしれんけど....」佐予子ちゃんは目が赤くなってる。
まさにギャフンである。気まずい電車の中....やっぱり、神様....
空港に着いて両替所に急ぐ。
ここに忘れたとしか考えられない。
両替所のおねえちゃんは俺の顔を見た瞬間顔をほころばせた。
天使が飛んだ気がした。
地獄から天国へ引き上げられた。
3人でチェコに行ける。
佐予子ちゃんにドンクサイと言われようとも顔はにやけっぱなし。
至福のひととき。
2人にバーガーキングの夕食でお礼をした。
終わりよければすべて良し。チャンチャン。
そもそもパスポートケースを買ったのが間違いだった。
パスポートケースの商品名「マモンパス」....ばかにしてる。
悪夢のパスポートケース「マモンパス」は使われぬままバッグの底へと消えた。